地域紛争
出典: Jinkawiki
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==旧ユーゴスラビア紛争== | ==旧ユーゴスラビア紛争== | ||
冷戦終結後、旧ユーゴスラビア連邦から、スロベニア、クロアチア、マケドニア、ボスニア=ヘルツェゴビナが独立宣言をしたことによりユーゴスラビア政府と独立戦争&内戦をして、結局五か国に分裂。特にボスニア=ヘルツェゴビナではムスリム(イスラム系)・セルビア人・クロアチア人の三つどもえの激しい内戦となり民族浄化も行われた。(多民族追放・虐殺)人道的介入としてNATOが空爆を実施。 | 冷戦終結後、旧ユーゴスラビア連邦から、スロベニア、クロアチア、マケドニア、ボスニア=ヘルツェゴビナが独立宣言をしたことによりユーゴスラビア政府と独立戦争&内戦をして、結局五か国に分裂。特にボスニア=ヘルツェゴビナではムスリム(イスラム系)・セルビア人・クロアチア人の三つどもえの激しい内戦となり民族浄化も行われた。(多民族追放・虐殺)人道的介入としてNATOが空爆を実施。 | ||
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==ソマリア内戦== | ==ソマリア内戦== | ||
1991年の政権崩壊後、経済格差を背景とした部族同士の抗争が激化した。1993年には国連の平和執行部隊が投入されたが失敗し、無政府状態、破綻国家となった。2004年に暫定政府が成立した後も内戦は続いていたが、2012年8月暫定憲法が採択され、9月には新大統領が選出され、内戦開始以来21年ぶりに正式政府が発足した。 | 1991年の政権崩壊後、経済格差を背景とした部族同士の抗争が激化した。1993年には国連の平和執行部隊が投入されたが失敗し、無政府状態、破綻国家となった。2004年に暫定政府が成立した後も内戦は続いていたが、2012年8月暫定憲法が採択され、9月には新大統領が選出され、内戦開始以来21年ぶりに正式政府が発足した。 | ||
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+ | == アフガニスタン紛争 == | ||
+ | 2001年9月11日にアメリカ同時多発テロが発生した。テロの首謀者とされた国際テロ組織アルカイダの首領ウサマ・ビン・ラディンの引き渡しをアフガニスタンのタリバン政権に対し、アメリカ(NATO)が攻撃して政権を崩壊させた。以降、国連主導による復興と治安維持が行われてきたが、タリバンが勢力を盛り返し、自爆テロ事件が頻発するなど、現在も治安は安定していない。2014年末までに国際部隊の大部分が撤退する予定だが、撤退後、タリバンが攻勢を強め内戦状態に陥る危険もある。日本はアフガニスタン紛争に際し、テロ対策特別措置法を制定し、英米艦に燃料や水の供給をするなどの後方支援を行った。 | ||
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==ジャスミン革命== | ==ジャスミン革命== | ||
チュニジアで2011年1月、一人の青年の焼身自殺事件に端を発する反政府デモがフェイスブックやツイッターを通じてチュニジア全土に拡大し、ベンアリ大統領が亡命して、23年続いた長期独裁政権が崩壊した。この民主化運動は北アフリカから中東のアラブ諸国に広がり、リビア(カダフィー大佐)、エジプト(ムバラク大統領)でも長期独裁政権が崩壊した。シリアでは現在もアサド政権と反政府勢力と激しい戦闘を行っている。 | チュニジアで2011年1月、一人の青年の焼身自殺事件に端を発する反政府デモがフェイスブックやツイッターを通じてチュニジア全土に拡大し、ベンアリ大統領が亡命して、23年続いた長期独裁政権が崩壊した。この民主化運動は北アフリカから中東のアラブ諸国に広がり、リビア(カダフィー大佐)、エジプト(ムバラク大統領)でも長期独裁政権が崩壊した。シリアでは現在もアサド政権と反政府勢力と激しい戦闘を行っている。 | ||
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+ | ==参考文献== | ||
+ | http://www.geocities.jp/ttovy42195km/newpage39.html | ||
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+ | 松田素二編 「アフリカ社会を学ぶ人のために」 世界思想社 | ||
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+ | H.N SH |
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旧ユーゴスラビア紛争
冷戦終結後、旧ユーゴスラビア連邦から、スロベニア、クロアチア、マケドニア、ボスニア=ヘルツェゴビナが独立宣言をしたことによりユーゴスラビア政府と独立戦争&内戦をして、結局五か国に分裂。特にボスニア=ヘルツェゴビナではムスリム(イスラム系)・セルビア人・クロアチア人の三つどもえの激しい内戦となり民族浄化も行われた。(多民族追放・虐殺)人道的介入としてNATOが空爆を実施。
ソマリア内戦
1991年の政権崩壊後、経済格差を背景とした部族同士の抗争が激化した。1993年には国連の平和執行部隊が投入されたが失敗し、無政府状態、破綻国家となった。2004年に暫定政府が成立した後も内戦は続いていたが、2012年8月暫定憲法が採択され、9月には新大統領が選出され、内戦開始以来21年ぶりに正式政府が発足した。
アフガニスタン紛争
2001年9月11日にアメリカ同時多発テロが発生した。テロの首謀者とされた国際テロ組織アルカイダの首領ウサマ・ビン・ラディンの引き渡しをアフガニスタンのタリバン政権に対し、アメリカ(NATO)が攻撃して政権を崩壊させた。以降、国連主導による復興と治安維持が行われてきたが、タリバンが勢力を盛り返し、自爆テロ事件が頻発するなど、現在も治安は安定していない。2014年末までに国際部隊の大部分が撤退する予定だが、撤退後、タリバンが攻勢を強め内戦状態に陥る危険もある。日本はアフガニスタン紛争に際し、テロ対策特別措置法を制定し、英米艦に燃料や水の供給をするなどの後方支援を行った。
ジャスミン革命
チュニジアで2011年1月、一人の青年の焼身自殺事件に端を発する反政府デモがフェイスブックやツイッターを通じてチュニジア全土に拡大し、ベンアリ大統領が亡命して、23年続いた長期独裁政権が崩壊した。この民主化運動は北アフリカから中東のアラブ諸国に広がり、リビア(カダフィー大佐)、エジプト(ムバラク大統領)でも長期独裁政権が崩壊した。シリアでは現在もアサド政権と反政府勢力と激しい戦闘を行っている。
参考文献
http://www.geocities.jp/ttovy42195km/newpage39.html
松田素二編 「アフリカ社会を学ぶ人のために」 世界思想社
H.N SH