ベック
出典: Jinkawiki
概要
認知療法を創始した精神科医。イェール大学医学部を卒業した後, 精神分析療法を行っていたが,うつ病の 精神療法的研究を通して 認知のあり方がうつなどの情緒状態と深く関連していることを明らかにして,短期間の構造化された 面接で非適応的な認知を修正することによってうつ病やパニック障害( 恐慌性障害)などの精神疾患を治療することを目的とした認知療法を提唱した。ペンシルヴェニア大学教授を退いた後,ベック研究所を開設した。
認知療法
ベック(Beck, A. T.1976;Beck, A. T. et al.1979,85,90)により始められた認知療法は, 簡易精神療法の一種で, 認知の歪みに焦点を当てることによってうつ病や 恐慌性障害(パニック障害)など精神疾患の治療を行うものである。本療法の特徴は, 知覚・情報選択・ 短期記憶/長期記憶・ 判断・予測などの認知のフィルターを通した主観的体験が人間の情緒体験と密接な関係をもつという理解に基づいている点にある。たとえば,喪失―抑うつ,獲得―躁,危機―不安,侵害―怒りなど,認知と情緒反応の関連を考え,その認知過程の極端な歪みを修正することが情緒障害の治療につながると考えるのである。 この認知の歪みは,大きく分けると,自動思考(automatic thought)と仮説/ スキーマ(assumption / schema)という二つのレベルに現れる。自動思考とは,ある状況下で瞬間的に浮かぶ考えやイメージである。これは完全に意識化されていない場合もあるが,比較的表層にあるため, 注意を向ければ容易に意識化できるようになる。そして,この自動思考の同定と検討が治療初期の目標となる。仮説/スキーマとは,心のより深層に存在している自己・世界・将来に対する仮定的確信・心的態度・心的規制である。これは,先天的要因と環境的要因の影響を受けながら発達過程で形成されてきたものであり, 対人関係様式や行動パターン・思考パターンに現れる。したがって,長く繰り返されてきている対人関係様式や行動パターンなどを検討することによって明らかになってくるものである。 治療に当たっては,良好な治療関係,特に患者と治療者が一緒に患者の認知のあり方を検証していく実証主義的共同作業( 共同経験主義)が重視される。その際,治療者は,支持的な質問を用いて患者の確信を検証可能な仮説に変換するよう努力する。実際の治療では,まず問題を明確化し,自動思考を同定・検討し,さらに仮説/スキーマを同定・検討する。そして最後に治療全体を総括し,将来の展望を話し合う。その過程では,不適応的思考記録(daily record of dysfunctional though t)や ホームワークを通じて認知の歪みを検討するが,よくみられる歪みには,証拠が不十分なまま思いつきを信じ込む恣意的推論(arbitrary inference),いつも白黒をつけようとする二分割思考(dichotomous thinking),情報選択が偏る選択的抽出(selective abstraction),気になっていることばかりを重要視してそれ以外のことを矮小化して考える拡大視(magnification)・縮小視(minimization),すぐに決めつけに走る極端な一般化(overgeneralization),自己の感情状態から現実を判断する情緒的理由づけ(emotional reasoning),すべて自分と関連づける自己関連づけ(personalization)などがある。 欧米ではさまざまな精神科疾患に認知療法が有効であるという報告が続いているが,特に研究が進んでいるのは,抑うつ状態およびうつ病に対する効果である。な お,うつ病の治療に当たっては,自己・環境・将来に対する否定的認知の3側面(negative cognitive triad)が治療の焦点になる。また最近では,危険因子に対する過剰反応に焦点を当てて 不安障害を,身体的違和感に対する過敏性に焦点を当ててパニック障害を治療する試みが効果を上げている。その他, 摂食障害などの精神身体疾患,ストレス対処( コーピング),アルコール・薬物中毒などに対する治療効果についても報告されてきている。 心理学の立場から発展した エリスの 合理情動療法や 新行動主義の立場に立つマホーニー(Mahoney, M. J.)と マイケンバウムらの認知行動変容法を含めて,今後も精神科領域で注目される治療法である。